1千万円の家 #310

家族
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近所の嫌なおばさん

私が子どもの頃、大阪で暮らしていた時の出来事です。

小学校1年生くらいだった思いますが

同じアパートに嫌なおばさんが、住んでいました。

その人には、旦那さんと2人の男の子どもがいました。

うちの母と、ご近所付き合いをするようになっていました。

友だちのように振る舞っていましたが、実は曲者のおばさんでした。

うちに妹が生まれて、家族が増えて、5人家族になったので

近くの、もう少し広いアパートに引越しました。

引越し先の、アパートの1階に住んでいるおばさんと、母が友だちになって

そのおばさんと母は、仲良くなっていて、とても優しい人でした。

しかし、嫌なおばさん家族が、私たちを追って同じアパートに引越して来て

母との仲を裂くように、優しいおばさんと仲良くなって

母から、友だちを奪いました。

そんなことをしながらも、うちの家に入って来て

家の物、テーブルなどに置いている、請求書や領収書を勝手に見たり

人の家を詮索したりしていました。

私は、その様子を子どもならが見ていて、とても不愉快でした。

嫌なおばさんの長男は、うちの直ぐ下の弟よりも1つ年下でしたが

近所だったので、一緒に遊ぶこともありました。

そして、喧嘩をすることもありました。

子どもの喧嘩に、うちの家に乗り込んで来たこともありました。

母に嫌がらせをすることが、多だありました。

本当に、いろいろな嫌なことがありました。

私は、そのおばさんが大嫌いでした。

そのくせ、そのおばさんの旦那さんの仕事がなくて

父に仕事を紹介して欲しいと

夫婦で、頼みに来たこともありました。

小学生の私でも、本当に図々しいなと思いました。

私の人生で出会った中で、一番最悪な人でした。

その上、私と名前も漢字まで一緒で、とても嫌でした。

子どもの頃、そんな様子を見ていたし

母がかわいそうで、子どもの私には何もできなくて

父も協力的でなかったので、本当に父が大嫌いでした。(関連記事👉父に感謝

母の望みは叶わず

母は、そのおばさんに嫌がらせをされても

一生懸命、家事や子育てをしていました。

それでも、長年続いたのできつかったようです。

いつかは、沖縄に帰れると頑張っていたと思います。

そんな時に、家の近くに小さいな可愛い新築の家が

売りに出されていました。

母は、父に家を買わないか相談していました。

私たちは、家族でその家を見に行きました。

2階建ての3LDKくらいの家でした。値段は、当時1千万円でした。

父も若くて、働きざかりで、貯金もしていたようでしたので

頭金を出して、十分に購入できたと思いますが

父が、銀行で借入するのが、嫌だったようで

結局、家を買いませんでした。

母の望みは叶わず、がっかりしていました。

そこから何年かして、家族全員で沖縄に帰ることになりました。

あの家を買っていたら、私も今頃は大阪に住んでいたことでしょう。

もしかしたら、両親も離婚しなかったかもしれません。

でも、あの父でしたので、やっぱり離婚していたかもしれません。

離婚していなかったら、義理の父とも出会ってなかったと思います。

結果、母は再婚して幸せになったので良かったです。(関連記事👉母に感謝

父は、離婚後は寂しくて、かわいそうでしたが

その時は、自業自得だと思いました。

家を買うか、買わないかで、運命が大きく変わるものですね。

でも、これで良かったと、今では思っています。

なぜなら、今の私もいなかったと思いますし

そして、子どもたちも、生まれてくることはなかったと思います。

私は、子どもたちの母親になれて幸せですから。

本当に感謝です。

では、本日もお読みいただき、ありがとうございました。感謝いたします。

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