嫌な仕事だった #456

人間関係
スポンサーリンク

我慢の限界

2015年(当時54歳)までの私は、毎日生活に追われていて

生きていくため、お金のために働いていました。

当時は、末っ子が高校に入学したばかり、高校1年生でした。

生活保護を抜けてからは、毎月生活をするだけで精一杯で、必死でした。

養育費も全くもらえなかったので、毎月カツカツの生活。

コールセンターで働いていた時は、よく繁忙期に残業の募集があったのですが

私は、少しでも給料を増やしたくて、毎回残業しました。

残業すると感謝されて、私は残業をしてくれる人だと、上司に認識されていました。

嫌な仕事をしている上に、残業するとは、どれだけ自分自身を

こき使っていたか、今思うと自分に申し訳なかったと本当に反省しています。

2016年(当時55歳)頃より、自分の生き方に違和感を持ち始めました。

2年後には、末っ子が高校を卒業する。

大学には行かないと言っているが、沖縄を出たいと言っていました。

とうとう、長かった子育てが終わる、これからは自分のことに集中できると

思う反面、自分のこれから先のことを全く考えていなかったので

どういう風に生きていこうかと不安になりました。

そんな時、生活のために、いつまでも嫌な仕事をしたくないとも思い始めました。

そして、2016年の夏くらいに、この職場を辞めようと思いました。

たくさん、友だちもできて、楽しかったのですが

コールセンターの仕事が嫌いなのに、生活のために働かなければいけない

と自分の本音を押し殺してきました。

このままで本当に良いのか、違和感を持ち始めました。

その年の12月いっぱいで退職して、別のコールセンターに入社しました。

なぜ、またコールセンターだと思いますよね。

私もそう思いましたが、求人を見た時に、前のコールセンターより

ましかなと思って応募しました。

結果は、12月まで働いていあたコールセンターの方が、まだましで

楽しかったな、もう少し考えれば良かったなと、後になって後悔しました。

でももう、後には引けないと我慢して働きました。

そしたら、やっぱり嫌だなと思っていたので、嫌な人が多かったです。

もちろん、良い人や仲の良い人もしましたが

嫌な人は、どうしょうもなく嫌な人で、夜勤の時は3人だけで

深夜勤の人が出勤する10時までは、顔を合わせます。

本当に苦痛でした。

その人は、私より2歳下の男性でおじさんでしたが

人の好き嫌いが激しく、男のくせに、気に入らない人の悪口ばかり言っていました。

仕事中にこんな話を聞かされてばかりで、苦痛で苦痛で仕方がありませんでした。

私も最初は、その男性と普通に会話していましたが

夜勤で、よくその男性を一緒になることが多くなって

人の悪口ばかりを聞かされていたので、上司に相談して

一緒に夜勤を組まないで欲しいとお願いしました。

でも、子育て中の主婦が多い職場だったので、夜勤をする人がいなくて

どうしても、難しかったようでした。

仕方がないと思いましたが、これ以上は我慢できないと悩んでしました。

嫌な仕事を最悪な人と、一緒に仕事するのはもう限界でした。

そして、その年(2017年)の12月に真ん中の3人が帰省した時

次男が、私と兄弟3人に、個別に面談しようと言ってくれて

メッセージを下ろしてくれました。

その時のメッセージを聞いた時は、本当に救われました。

「やっと、この仕事を辞められるんだ」と、開放感と安心感を感じ

私は、これから好きなことをして生きていっていんだと

本当に思えるようになりました。

子どもたちのおかげで、今は好きな仕事と好きなことをしています。

みなさんも好きな仕事、好きなことをしていますか。

稼ごうとするより、自分の好きなこと、ワクワクすることが一番ですね。

きっと、お金は、後からついてくると信じています。

本日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。感謝いたします。

コメント

タイトルとURLをコピーしました